高橋英樹の年収はいくら?82歳現在の収入源と資産を徹底調査

高橋英樹の年収はいくら?82歳現在の収入源と資産を徹底調査 芸能人
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時代劇の主役から情報番組のコメンテーターまで、半世紀以上にわたって第一線を走り続けている俳優の高橋英樹さん。1944年2月10日生まれで、2026年8月現在は82歳になりますが、いまも連続ドラマの主演を務め、ブログでは自宅の庭仕事や長野の別荘での暮らしを気さくに公開しています。

そんな高橋英樹さんについて、現在の年収はいくらなのか、日活の看板俳優だった全盛期にはどれほど稼いでいたのか、気になっている方は多いはずです。品川区にあるという高橋英樹邸や蓼科の別荘、真麻さんとの二世帯暮らしなど、暮らしぶりから資産を推し量りたくなる話題も尽きません。

この記事では、現在の推定年収と収入源の内訳、全盛期のギャラ、総資産の見立て、そして自宅や別荘といった不動産まで、公開されている情報をもとにできるだけ具体的に整理しました。48年続く「初日の確定申告」という、高橋さんならではのエピソードにも触れていきます。

  1. 高橋英樹さんの年収はいくら?全盛期から現在までの収入を徹底調査
    1. 現在の年収は2000万〜3000万円といわれる根拠
      1. 推定年収は2000万〜3000万円という水準
      2. 日本人の平均年収と比べるとどのくらいか
      3. 80代でも収入が落ちにくい理由
    2. 全盛期の年収は1億円超え?月給7000円からの道のり
      1. デビュー当時の月給は7000円だった
      2. 70年代は数千万円クラスへ
      3. 80〜90年代がおそらくピーク
    3. 収入源の内訳|181cmの身長が支えた主役級のギャラ
      1. 公称181cm、時代劇で映える立ち姿
      2. 殺陣と存在感が生んだ主役の座
      3. 俳優以外の顔も収入につながっている
    4. ブログ収入は年間100万円以下なのか
      1. アメブロの還元額はPV数で決まる
      2. 更新頻度と収入は必ずしも比例しない
      3. それでも更新を続ける理由
    5. 48年続く初日の確定申告から見える納税意識
      1. きっかけは国税庁からの依頼だった
      2. 妻の一言が転機になった
      3. 「2月がお正月」という高橋家の習慣
    6. 実家は千葉県木更津|父の職業と育った家庭環境
      1. 生まれは千葉県木更津市
      2. 父親は高校の校長を務めた教職者
      3. 借金を返せた背景にあったもの
  2. 高橋英樹さんの年収を支える総資産と暮らし|邸宅・別荘・家族から読み解く
    1. 総資産は5億円以上との見方
      1. 推定資産額は5億円以上
      2. 資産の中心は不動産にある
      3. 娘へのマンションという逸話も
    2. 邸はどこ?自宅画像で見る五反田の豪邸
      1. 旧島津公爵邸に近い島津山エリア
      2. 自宅画像から伝わる6LDKの佇まい
      3. ブログで公開される庭の風景
    3. 自宅は二世帯|娘・真麻さん一家との距離感
      1. 33トンの断捨離が生んだ転機
      2. リフォームを経て二世帯へ
      3. 同居しているのに生活は別々
    4. 自宅マンションはアトリエ兼セカンドハウス
      1. 場所は品川駅にほど近いタワーマンション
      2. 窓から見える風景が話題に
      3. 高齢期の暮らしとしての合理性
    5. 別荘は長野・蓼科|維持費と山荘暮らしのリアル
      1. 八ヶ岳を望むログハウス
      2. 滞在の目的は掃除と庭の手入れ
      3. 別荘を持つとかかる費用の目安
    6. 息子はいる?家族構成をめぐる誤解
      1. 実の子どもは真麻さんひとり
      2. ブログの「息子」は娘の夫のこと
      3. 孫との時間が増えた近年
    7. 高橋英樹さんの年収と資産まとめ

高橋英樹さんの年収はいくら?全盛期から現在までの収入を徹底調査

  • 現在の年収は2000万〜3000万円といわれる根拠
  • 全盛期の年収は1億円超え?月給7000円からの道のり
  • 収入源の内訳|181cmの身長が支えた主役級のギャラ
  • ブログ収入は年間100万円以下なのか
  • 48年続く初日の確定申告から見える高橋英樹さんの納税意識
  • 実家は千葉県木更津|父の職業と育った家庭環境

現在の年収は2000万〜3000万円といわれる根拠

80代を迎えてなお主演ドラマを持つ俳優が、実際どれくらいの収入を得ているのか。これは高橋英樹さんの年収を検索する方が、いちばん最初に知りたい部分ではないでしょうか。芸能人の収入は事務所との配分や経費の扱いで大きく変わるため、正確な金額が公表されることはまずありません。それでも、出演本数とギャラ相場を積み上げていけば、おおよその輪郭は見えてきます。

推定年収は2000万〜3000万円という水準

複数の芸能情報サイトが示している高橋さんの現在の推定年収は、2000万円から3000万円前後という数字です。これはあくまで出演情報から逆算した目安であり、本人や事務所が認めた金額ではありません。

ただ、この水準が的外れかというと、そうでもなさそうです。主演ドラマ1本、特番やバラエティへのゲスト出演が年に数本、加えて講演や書の活動があると考えれば、事務所を通す前のギャラ総額は4000万円前後に届く計算になります。そこから経費と事務所への配分を差し引いた残りが本人の年収、という見方が一般的なようですね。

日本人の平均年収と比べるとどのくらいか

国税庁の民間給与実態統計調査によると、日本の給与所得者の平均年収はおよそ460万円前後で推移しています。仮に高橋さんの年収を2500万円とすると、平均のおよそ5〜6倍という計算になります。

俳優という職業だけで見ても、推定平均は1000万円弱とされることが多く、その2倍以上。80代でこの数字を維持しているという点が、なによりも際立っています。同世代の俳優が仕事量を絞っていくなかで、レギュラーシリーズを抱え続けているのは簡単なことではありません。

80代でも収入が落ちにくい理由

高橋さんの場合、収入源が俳優業だけに偏っていないのが強みです。ドラマの主演、情報番組やクイズ番組へのゲスト出演、歴史をテーマにした講演、書家としての活動、雑誌連載と、いくつもの柱を持っています。

下記の表に、現在の収入の内訳としてよく語られる目安を整理しました。

収入の種類 金額の目安 備考
ドラマ出演料 約800万〜1200万円 主演1クール分として
テレビ番組・特番 数百万円規模 ゲスト・司会を含む
CM契約 数百万〜数千万円 契約がある年のみ
ブログ収入 年間100万円以下 アメブロの還元分
講演・執筆・書 数十万〜数百万円 回数により変動

※ 金額はいずれも一般的な業界相場からの推計で、公表値ではありません。

こうして並べてみると、ひとつの仕事が途切れても全体が大きく崩れない構造になっているのがわかります。長く働き続けられる人ほど、収入の形も自然とこうなっていくのかもしれません。

全盛期の年収は1億円超え?月給7000円からの道のり

現在の年収も十分に高い水準ですが、多くの方が知りたいのは「いちばん稼いでいた頃はいくらだったのか」という部分ですよね。高橋英樹さんのキャリアは映画黄金期の日活から始まり、テレビ時代劇でピークを迎えました。その道のりをたどると、収入の伸び方がかなり劇的だったことが見えてきます。

デビュー当時の月給は7000円だった

高橋さんは1961年、高校在学中に日活ニューフェイス第5期として入社し、同年の映画『高原児』でデビューしました。当時の待遇について、本人がテレビ番組『人生最高レストラン』で語った内容が印象的です。

「月給7千円、映画1本5千円」——これが主役を任されていた時期の報酬でした。サラリーマンの初任給が2〜3万円という時代ですから、かなり厳しい条件だったことになります。1本の撮影に24日ほどかかって5千円という話も明かしており、同じ日活のトップスターだった石原裕次郎さんが1本1000万円だったことと比べると、その差は歴然でした。独身寮と食事が支給されていたとはいえ、生活はぎりぎりだったそうです。

70年代は数千万円クラスへ

『男の紋章』シリーズのヒットで日活の看板俳優となってからは、出演料が年々上がっていきます。映画が量産されていた時代でもあり、年間の稼ぎは数千万円規模に達していたと推測されています。

1974年、小林亜紀子さんとの結婚を機に個人事務所「アイウエオ企画」を設立。会社を通して仕事を受ける形になったことで、手元に残る金額も変わったとみられます。

80〜90年代がおそらくピーク

その後、活動の場は映画からテレビへと移り、『桃太郎侍』『遠山の金さん』『三匹が斬る!』といった時代劇で主役を張り続けました。大河ドラマでも『国盗り物語』の織田信長役をはじめ、数々の歴史上の人物を演じています。この頃の年収は1億円から1億5000万円に達していたという見方が有力です。

時代別の推移を、下記の表にまとめました。

時期 年収の目安 主な活動
1960年代 月給7000円からのスタート 日活入社・映画デビュー
1970年代 数千万円クラス 日活の看板俳優・個人事務所設立
1980〜90年代 1億〜1億5000万円 テレビ時代劇の主演が中心
2000年代以降 数千万円規模 ドラマ・バラエティ・CM
現在 2000万〜3000万円 主演シリーズと番組出演

※ いずれも報道や業界相場をもとにした推定で、公式に発表された数字ではありません。

月給7千円から億単位まで。同じ人物のキャリアとは思えないほどの振れ幅がありますが、その分だけ苦労した時期も長かったということなのでしょう。

収入源の内訳|181cmの身長が支えた主役級のギャラ

高橋英樹さんの年収を語るうえで、意外と見落とされがちなのが「なぜ主役を任され続けてきたのか」という点です。ギャラの高さは、そのまま役の格に比例します。そして高橋さんの場合、その格を支えてきた要素のひとつが、恵まれた体格でした。

公称181cm、時代劇で映える立ち姿

高橋さんの身長は公称181cm、体重80kgとされています。1940年代生まれの日本人男性としては、かなり大柄な部類です。所属事務所のプロフィールにもこの数字が記載されています。

興味深いのは、2025年11月に「NEW YOUNG OF THE YEAR」のover60部門を受賞した際のコメントです。「元々は182センチくらいあったんですよ。でもこの間健康診断したら180に縮んでいました」と明かして、周囲を驚かせていました。80代になっても背筋がすっと伸びている姿は、式典でも話題になったそうです。

殺陣と存在感が生んだ主役の座

時代劇において、長身は大きな武器になります。刀を構えたときの絵の収まり、大立ち回りでの動きの大きさ、裃や着流しを着たときのシルエット。日本作家クラブが「あらえびす文化賞」の受賞理由として「華麗なる殺陣捌き」「圧倒的な存在感」を挙げているのも、まさにこの部分でしょう。

主演クラスの俳優が連続ドラマ1本で得るギャラは、1話あたり数十万円から100万円以上といわれます。大御所であれば1クールで800万〜1200万円という水準に届く計算です。高橋さんが近年主演を続けている『再雇用警察官』シリーズは、2020年の第1作以降、BSテレ東で断続的に新作が放送されており、2026年に入ってからも作品が届けられています。

俳優以外の顔も収入につながっている

高橋さんは芸能界きっての歴史通としても知られ、歴史をテーマにした講演やクイズ番組への出演も少なくありません。雑誌『歴史人』での連載、書家としての個展開催など、俳優以外の活動も収入の一部を形づくっています。

2007年の個展「一書一顔」では東京セントラル美術館で来館者数の新記録を達成したと紹介されており、趣味の域を超えた活動になっているのがわかりますね。ひとつの看板だけに頼らない働き方が、80代での収入水準を支えているといえるでしょう。

ブログ収入は年間100万円以下なのか

高橋英樹さんといえば、アメーバブログの更新頻度の高さでも知られています。多い月には100本を超える投稿があり、自宅の庭の様子、妻との食事、孫との時間まで、日常が細やかに綴られています。これだけ書いていれば相当な収入になるのでは、と考える方もいるようですが、実際のところはどうなのでしょうか。

アメブロの還元額はPV数で決まる

アメーバブログでは、公式に認められた著名人ブロガーに対して閲覧数に応じた収益が還元される仕組みがあります。運営会社の公表資料などから推計すると、おおむね1億PVあたり300万円程度、1000PVで30円ほどという計算になるようです。

アメーバブログ全体では月50億PV、年間にすると600億PV規模。そのうち著名人の公式ブログが3分の1ほどを占めるとされています。ただ、そのアクセスは一部の人気ブロガーに大きく偏っているのが実情です。

更新頻度と収入は必ずしも比例しない

投稿数が多い=ブログ収入も多い、とは限りません。収益はあくまで閲覧数に連動するため、どれだけ書いても読まれなければ金額は伸びない仕組みです。

アメブロの著名人ランキングで上位に入る方は月間1億PVを超えることもあるといわれますが、高橋さんは近年カテゴリー別ランキングの上位圏内には見当たりません。そこから逆算すると、年間の還元額は数十万円から、多く見積もっても100万円に届かないあたりと考えられます。

それでも更新を続ける理由

収入面での貢献が小さいのだとすると、なぜこれほど熱心に書き続けているのか。読んでいると理由はなんとなく伝わってきます。庭の芝刈りで汗だくになった話、山荘のベランダで食べた朝ごはん、孫を膝に乗せた食事の風景。日々の出来事を記録して、読者からのコメントに反応する時間そのものを楽しんでいる様子なんですよね。

2026年の夏も、長野の別荘と東京を行き来する暮らしをブログで公開し、朝食の写真には「空気も良いのでついついペロリ!」という言葉が添えられていました。仕事というより生活の一部。そんな距離感で続いているように見えます。

48年続く初日の確定申告から見える納税意識

高橋英樹さんの年収を語るとき、避けて通れないのが確定申告のエピソードです。毎年2月、申告受付の初日に品川税務署へ足を運ぶ姿は、いまや季節の風物詩になっています。ただこれ、単なるPR活動として続いているわけではないようです。

きっかけは国税庁からの依頼だった

高橋さんが初日申告を始めたのは1979年のこと。共同通信のインタビューによると、最初は国税庁から「初日に確定申告をしてくれないか」と依頼されたのがきっかけでした。当時は複数の芸能人がPRの一環として初日に税務署を訪れ、取材を受けていたそうです。

ところが一度やってみると、「もうすっきり感がたまらない」。その経験が忘れられず、翌年から一度も欠かさず続けてきたと語っています。2026年2月の申告で、48年連続の初日申告となりました。

妻の一言が転機になった

若い頃の高橋さんは、税金への意識がまるでなかったといいます。「芸能界に入って映画に出ていた頃は銀座や赤坂に繰り出して、スタッフみんなにごちそうしたりしていました。いくら使ったなんて何も覚えていない。働いたお金は全部自分のお金だと思っていました」と、当時を振り返っています。

結婚するときには借金しか残っていない状態。見かねた妻が経理を引き受け、「稼いだもの全てがあなたのものではない」と諭したことが転機になりました。以来、夫婦で税務署に行くのが恒例行事になったそうです。

「2月がお正月」という高橋家の習慣

初日に申告を間に合わせるには、正月休みを返上して1年分の帳簿をまとめる必要があります。日々の支出をメモし、月ごとに書類を整理していく作業は、毎年ノート数冊分になるとのこと。だから高橋家では2月をお正月と呼ぶのだといいます。申告を済ませて夫婦で乾杯し、そこでようやく新しい1年が始まる感覚なのだそうです。

下記の表に、初日申告をめぐる歩みを時系列で整理しました。

時期 出来事
1979年 国税庁の依頼を受け、初日申告をスタート
1980年代〜 夫婦で税務署へ通うのが恒例行事に
2018年10月 早期提出のPRへの貢献で財務大臣表彰を受ける
2023年2月 品川税務署でe-Taxによる申告を体験
2026年2月 48年連続の初日申告を達成

演技の仕事では表彰をもらったことがないのに、と財務大臣表彰のときに苦笑していたという高橋さん。それでも「納税をしっかりやり遂げてきてよかった」と実感したと話しています。年収の額そのものより、こうした姿勢のほうが記憶に残る人も多いのではないでしょうか。

実家は千葉県木更津|父の職業と育った家庭環境

お金に対する感覚は、育った家庭の影響を強く受けるものです。高橋英樹さんの場合も、実家での暮らしが後年の価値観につながっている部分がありそうです。ここでは出身地や家族構成から、その背景をたどってみます。

生まれは千葉県木更津市

高橋さんは1944年2月10日、千葉県木更津市に生まれました。東京湾に面した港町で、当時はまだアクアラインもなく、東京へは船か長い陸路で向かう土地柄です。

きょうだいは8歳上の姉と6歳上の兄がいる末っ子で、年の離れた兄姉に囲まれて育ちました。学歴としては日本大学芸術学部に進んでいますが、日活入社が高校在学中だったため、俳優としてのキャリアが先に走り出した形になります。

父親は高校の校長を務めた教職者

高橋さんの父親は教職に就いており、高校の校長を務めた人物だったと伝えられています。芸能一家ではなく、規律を重んじる家庭で育ったわけですね。派手な世界に飛び込むことに家族が最初から賛成していたかどうかは定かではありませんが、進学と俳優業を両立させようとした経緯からも、学業を軽んじない家風がうかがえます。

俳優として成功したあとも、高橋さんは「趣味は家族」と公言するほどの家庭人として知られています。講演テーマにも「家族上手」という演題があり、夫婦や子育ての話を一般向けに語る機会を持ってきました。

借金を返せた背景にあったもの

独身時代の高橋さんには、総額5000万円弱、現在の貨幣価値でいえば1億円近い借金があったといいます。娘の真麻さんがテレビ番組で明かした話によると、母親は「借金も財産のうち。貸してくれるということは、この人にそれだけの価値があるということなんだ。頑張って返そう」と腹をくくり、やりくりして返済したそうです。

その借金を、独立から数年で完済しています。稼ぎの大きさもさることながら、支えた側の胆力があってこその話でしょう。実家で培われた真面目さと、妻の現実的な金銭感覚。この二つが組み合わさったことが、その後の資産形成につながっていったのだと思います。

高橋英樹さんの年収を支える総資産と暮らし|邸宅・別荘・家族から読み解く

  • 総資産は5億円以上との見方
  • 邸はどこ?自宅画像で見る五反田の豪邸
  • 自宅は二世帯|娘・真麻さん一家との距離感
  • 自宅マンションはアトリエ兼セカンドハウス
  • 別荘は長野・蓼科|維持費と山荘暮らしのリアル
  • 息子はいる?家族構成をめぐる誤解

総資産は5億円以上との見方

年収の話が出ると、次に気になるのは積み上がった資産のほうですよね。60年以上のキャリアがあり、しかも全盛期には億単位を稼いでいたとなれば、相応の蓄えがあると考えるのが自然です。ここでは資産の中身を、わかっている範囲で分解してみます。

推定資産額は5億円以上

複数の情報サイトが示す高橋さんの推定資産額は、5億円以上という水準です。もっとも、この種の数字は保有不動産の推定評価額を中心に組み立てられたもので、金融資産まで含めた実態が把握されているわけではありません。あくまで目安として受け取っておくのがよさそうです。

資産の中心は不動産にある

高橋さんの資産で目立つのは、やはり不動産です。品川区の一軒家、港区のタワーマンション、長野県茅野市の別荘と、性格の異なる3つの物件を保有しているとみられます。都心の一等地に土地を持っているという事実だけでも、資産評価は大きく変わってきます。

島津山のような城南五山の一角は、公示地価が1坪あたり数百万円規模で推移するエリアです。仮に土地が100坪あれば、それだけで数億円という計算になります。資産額5億円という数字も、この地価水準を前提にすればさほど飛躍した話ではないわけですね。

下記の表に、保有していると伝えられる不動産を用途別に整理しました。

物件 所在地 用途
一軒家(自宅) 品川区・東五反田 娘一家との二世帯住宅
タワーマンション 港区・港南 仕事場兼セカンドハウス
山荘 長野県・茅野市(蓼科) 夏を中心とした別荘

※ 所在地はブログや報道で公になっている範囲の情報にもとづく整理です。

娘へのマンションという逸話も

資産に関する話題としては、娘の真麻さんに高額なマンションを贈ったというエピソードが取り沙汰されることもあります。ただ、この話は出どころがはっきりせず、家族が明確に認めた形跡は見当たりません。真麻さんは現在、生まれ育った実家をリフォームして両親と暮らしているため、少なくとも今の住まいはその話とは別物ということになります。

資産の話題はどうしても尾ひれがつきやすいものです。本人が公開している情報と、そうでない推測とは、分けて受け止めておきたいところですね。

邸はどこ?自宅画像で見る五反田の豪邸

高橋英樹邸として知られているのが、品川区五反田にある一軒家です。ブログやテレビ番組でたびたび公開されているため、庭や室内の様子は比較的よく知られています。まずは場所から見ていきましょう。

旧島津公爵邸に近い島津山エリア

自宅があるのは、東五反田1丁目周辺の島津山エリアとされています。旧島津公爵邸(現在の清泉女子大学本館)が残るこの一帯は、池田山・御殿山などと並んで「城南五山」と呼ばれる高級住宅地です。都心にありながら緑が多く、坂の途中に大きな邸宅が並ぶ落ち着いた地域なんですよね。

五反田駅周辺の飲食店では、高橋さんご夫妻や真麻さんの姿がよく目撃されているといいます。長く同じ土地に住み続けているからこその話でしょう。山手線の駅から歩ける距離にありながら、住宅街に入ると車の音がほとんど届かない。そんな環境が、この一帯が長く選ばれ続けてきた理由なのだと思います。

自宅画像から伝わる6LDKの佇まい

自宅は6LDKの一軒家で、テレビ番組でも間取りが紹介されてきました。真麻さんによれば、この家は高橋さん夫妻が20代から30代前半の頃に建てたものだといいます。なかなか子宝に恵まれなかった時期に「南向きの木の家を建てなさい」と助言され、その通りに建てたところ真麻さんが生まれた、という不思議な逸話つきです。

南側が全面窓になっていて吹き抜けもあり、母・美恵子さんのグランドピアノを置くスペースも確保されているそうです。芸能人の家と聞いてイメージするような大豪邸ではなく、建築士や大工と話し合いを重ねて作り上げた木の家。そんな説明のほうが実像に近いようです。

ブログで公開される庭の風景

高橋さんのブログには、自宅の庭がたびたび登場します。2025年9月には膝丈まで伸びた芝生を、事務所の後輩である佐藤正浩さんと二人がかりで刈り込んだ様子を公開。「汗と雨でびっしょり」と書きながらも、きれいになった庭に満足そうでした。

庭には孫が遊ぶトンネル型の遊具やウッドデッキも見えます。豪邸というより、家族が使い込んでいる家。写真から伝わってくるのは、そんな空気です。

自宅は二世帯|娘・真麻さん一家との距離感

高橋英樹さんの自宅は、現在は二世帯住宅として使われています。娘でフリーアナウンサーの高橋真麻さんが、夫と2人の子どもとともに実家へ戻ってきたためです。この経緯がまた、なかなか面白いんですよ。

33トンの断捨離が生んだ転機

かつての実家は、とにかく物があふれていたそうです。真麻さんが使っていた部屋は物置になり、部屋には1000着以上の衣装があったといいます。社会人になって一人暮らしを始めた真麻さんは、実家に足が向かなくなっていました。

そこで真麻さんが「二人が元気なうちに売ったらどうか」と提案したことから、大規模な片づけが始まります。何か月もかけて処分した荷物は、合計33トン。風通しのよくなった実家を訪れた真麻さんは、「やっぱりこの家、良い家だね。私、住みたいな」という言葉が自然にこぼれたと語っています。

リフォームを経て二世帯へ

売却の話は取り下げられ、リフォームのうえで二世帯として暮らす方向に切り替わりました。閉鎖的だった書庫は壁を取り払って開放的な空間に変わり、高齢の両親のためにバリアフリー化も進められています。

真麻さんは実家に引っ越してすぐ第一子を授かり、2022年11月には第二子も誕生しました。自分が生まれ育った家で子育てができる幸せを、インタビューでたびたび口にしています。

同居しているのに生活は別々

ただし、いわゆる典型的な二世帯同居とは少し違うようです。真麻さんいわく「皆さんが想像しているような二世帯住宅の暮らしとは少し違うかもしれません」とのこと。高橋さん夫妻はセカンドハウスのマンションで過ごす日も多く、二人で銀座へ出かけたり、いつのまにか熱海旅行に行っていたりするそうです。

二世帯住宅にはいくつかの型があり、玄関も水回りも分ける完全分離型、一部を共有する部分共有型などに分かれます。高橋家の場合は元の一軒家をリフォームした形なので、間取りとしては共有部分を残しつつ、生活の時間帯で自然に距離をとるスタイルに近いようです。

それぞれの生活リズムを保ちながら、必要なときには支え合う。同じ家に住んでいても、この距離感だからこそ長く続くのかもしれませんね。

自宅マンションはアトリエ兼セカンドハウス

高橋英樹さんは一軒家とは別に、タワーマンションの一室を所有しています。ブログでは「アトリエ」と呼ばれているこの部屋、単なる別宅ではなく仕事場としての役割を持っているようです。

場所は品川駅にほど近いタワーマンション

アトリエがあるのは、自宅のある五反田から近いタワーマンションだとされています。一部で「品川Vタワーではないか」と噂されていますが、本人が物件名を明かしたことはありません。ブログに投稿された窓からの風景をもとに、読者が位置関係を推測したことで広まった話です。

ちなみに「品川」と名のつくタワーマンションの多くは、住所としては港区港南にあたります。JR品川駅のすぐ近くという立地から品川の名を冠しているだけで、品川区ではないんですね。この点は誤解されやすいところです。

窓から見える風景が話題に

高橋さんはアトリエからの眺めをブログでたびたび公開しています。ベランダから望む富士山の写真、旧岩崎家の洋館である開東閣を見下ろす一枚など、高層階ならではの景色が並びます。

書や墨彩画を趣味とする高橋さんにとって、静かに筆を執れる空間は必要なものなのでしょう。「アトリエ」という呼び名にも、そうした使い方が表れています。

高齢期の暮らしとしての合理性

真麻さんは、両親がマンションで過ごす日が多い理由について「高齢になるとマンションのほうが何かと便利ですから」と説明しています。段差が少なく、掃除の手間も一軒家より軽い。エレベーターで移動できる利点も大きいはずです。

ちなみにセカンドハウス(生活の本拠とは別に、定期的に使う目的で持つ住まい)は、税制上も別荘とは扱いが分かれる場合があります。月に一度以上使うといった条件を満たせば、不動産取得税や固定資産税の軽減対象になるケースもあるようです。仕事場として日常的に使っているのであれば、こちらの区分に近いのでしょう。

都心の一軒家とタワーマンションを使い分ける暮らし方は、資産としても実用としても理にかなっています。庭仕事を楽しむ日は五反田で、仕事に集中する日や身軽に過ごしたい日は港南で。年齢を重ねてからの住まいの選び方として、ひとつのお手本といえるでしょう。

別荘は長野・蓼科|維持費と山荘暮らしのリアル

高橋英樹さんの別荘といえば、長野県茅野市にある蓼科の山荘です。本人がブログで写真を公開しているため、存在も場所もはっきりしています。夏の間は東京と山荘を行き来する生活を送っていて、2026年もその様子が繰り返し投稿されました。

八ヶ岳を望むログハウス

蓼科は八ヶ岳連峰の最北端に位置し、日本百名山のひとつ蓼科山で知られる高原の行楽地です。標高が高く夏でも涼しいことから、古くから別荘地として親しまれてきました。

高橋さんの山荘はログハウス型の建物で、テラスやベランダで食事をとる写真がよく登場します。建物のなかには真麻さんの部屋も用意されているそうで、家族で使うことを前提に建てられたのがうかがえます。門柱や垣根を写した投稿もあり、敷地はそれなりの広さがありそうです。

滞在の目的は掃除と庭の手入れ

2026年7月には、山荘の掃除と庭の剪定を目的に3日間だけ滞在した様子を公開しています。同行したのは妻の美恵子さんと、同じ事務所に所属する付き人の佐藤正浩さん。作業を終えたあと、刈り込んだ庭を背に夫婦で写った2ショットも投稿され、コメント欄には「木の香りがする素敵な別荘ですね」といった声が並びました。

8月にはベランダでの朝食を「今朝は山荘豪華版の朝ごはん」と紹介。チーズパスタやサラダ、チョリソーが並ぶ食卓の写真に、多くの反響が寄せられていました。

別荘を持つとかかる費用の目安

別荘は買って終わりではなく、持ち続けるための費用がかかります。下記の表に、一般的な高原の別荘にかかる年間コストの目安をまとめました。

費目 年間の目安 内容
固定資産税・都市計画税 10万〜30万円程度 土地・建物の評価額による
別荘地の管理費 5万〜20万円程度 道路・水道などの共益負担
光熱費・水道 10万〜20万円程度 不在期間の基本料金を含む
庭・建物の維持 10万〜数十万円 剪定・修繕・雪対策など

※ 別荘地の一般的な相場であり、高橋さんの実際の支出とは異なります。

自分たちで掃除をして、庭も手ずから刈り込む。委託すれば済む作業をあえて楽しんでいるあたりに、この別荘との付き合い方が表れている気がします。

息子はいる?家族構成をめぐる誤解

「高橋英樹 息子」という検索が一定数あるのですが、これには理由があります。ブログを読んでいると「息子」という言葉が出てくるためです。ただ、実際の家族構成を確認すると、少し事情が違っていました。

実の子どもは真麻さんひとり

高橋英樹さんに実子の息子はいません。お子さんは長女の高橋真麻さんただひとりです。高橋さん夫妻は真麻さんが生まれるまでに三度の流産を経験しており、待ち望んで授かった一人娘でした。前述の「南向きの木の家」の逸話も、この時期の話になります。

真麻さんは2004年にフジテレビへアナウンサーとして入社し、2013年の退社後はフリーとして活動。入社当初は「親のコネだ」と叩かれ、5年目くらいまでは仕事に恵まれなかったと本人が振り返っています。

ブログの「息子」は娘の夫のこと

では、ブログに登場する息子とは誰なのか。答えは、真麻さんの夫、つまり義理の息子さんです。2020年の投稿では「孫ちゃんと真麻の旦那様である息子との三人で、食事に出かけました」と綴られていました。この投稿は妻の美恵子さん名義で書かれたもので、娘婿を実の息子のように呼んでいるわけですね。

真麻さんは2018年に結婚し、2020年に第一子、2022年11月に第二子を出産しています。同じ家で暮らしていることもあり、家族の距離はかなり近いようです。

孫との時間が増えた近年

ここ数年のブログには、孫と過ごす様子が頻繁に登場します。「若夫婦が仕事のため 久しぶりにジイジシッター!!」と書いて孫との3ショットを披露したり、81歳の誕生日には「孫ちゃん達からも 可愛い声で ジイジおめでとうと 可愛く 言われました」と喜びを綴ったり。孫が20歳になったら車を買ってあげるのが夢だという話も紹介されています。

年収や資産の話から入った方も、こうした投稿を読むと印象が変わるかもしれません。稼いだお金の使い道として本人がいちばん大事にしているのは、案外こういう時間なのだろうと思います。家族に関する情報は本人が公開している範囲にとどめ、それ以上を詮索しない姿勢も大切にしたいところですね。

高橋英樹さんの年収と資産まとめ

  • 1944年2月10日生まれ、2026年8月時点で82歳の現役俳優
  • 現在の推定年収は2000万〜3000万円とされる
  • 日本の給与所得者の平均と比べるとおよそ5〜6倍の水準
  • 全盛期の1980〜90年代は年収1億〜1億5000万円との見方が有力
  • 1961年の日活入社当初は月給7000円、映画1本5000円だった
  • 1974年の結婚を機に個人事務所アイウエオ企画を設立
  • 2019年から娘の真麻とともにグレープカンパニーに所属
  • 主演ドラマ1クールのギャラは800万〜1200万円が目安
  • アメブロの還元収入は年間100万円に届かないとみられる
  • 1979年から続く初日の確定申告は2026年で48年連続
  • 2018年には確定申告の早期提出PRで財務大臣表彰を受賞
  • 推定総資産は5億円以上、中心は都心と別荘地の不動産
  • 自宅は品川区東五反田の島津山エリアにある6LDKの一軒家
  • 33トンの断捨離を経て娘・真麻一家との二世帯住宅になった
  • 港区港南のタワーマンションを仕事用アトリエとして所有
  • 長野県茅野市の蓼科に家族で使うログハウス型の山荘がある
  • 実子は真麻ひとりで、ブログに登場する息子は娘の夫を指す

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