Snow Manの最年少メンバーでありながらグループのセンターを務め、ミラノとパリのランウェイにも立ってきたラウールさん。
ベネズエラ出身の父と日本人の母のもとに生まれたことは広く知られていますが、その父親が何の仕事をしているのかは、これまでほとんど語られてきませんでした。
ネット上では「外交官らしい」「国際的な仕事をしている」といった噂が飛び交う一方で、本人は大田区の団地で育ったことを何度も明かしています。この記事では、父親の職業をめぐる情報の出どころを整理しながら、母親の年齢や写真の有無、兄・村上真輝リカルドさんの職業、実家が金持ちと言われる理由、学歴や早稲田大学の学部まで、家族にまつわる疑問をまとめて追いかけていきます。
- ラウールの父親の職業をめぐる噂と、本人が語ってきた家族の姿
- ラウールの父親の職業から見えてくる家族像と、これからの歩み
ラウールの父親の職業をめぐる噂と、本人が語ってきた家族の姿
- 父親の職業は公表されている?「国際的な仕事」説の出どころ
- 親の国は?父の母国ベネズエラとの意外な距離感
- 父親の画像は出回っている?顔を知る手がかりはどこに
- 実家が金持ちと言われた理由と、外交官説が広まった背景
- 団地から引っ越した理由は?実家暮らしはいつまで続いたのか
- 母がハーフで宝塚出身という噂と、両親の離婚説の正体
父親の職業は公表されている?「国際的な仕事」説の出どころ
ラウールさんのお父さんがどんな仕事をしているのか、気になっている方はとても多いと思います。検索窓に「ラウール 父親」と打ち込むと、すぐ隣に「職業」という候補が並ぶくらいですからね。ただ、この疑問に一発で答えてくれる公式情報は、実のところ存在しません。ここではまず、何が確定していて何が推測なのか、その線引きから整理していきます。
事務所からも本人からも発表されていない
結論から言えば、父親の職業について公表された情報は一切ありません。ご家族は芸能活動をしていない一般の方ですから、当然といえば当然でしょう。
ラウールさん自身、雑誌やラジオで母親のお弁当や兄との服の貸し借りといった話題に触れることはあっても、父親の仕事内容にまで踏み込んだ発言はほとんど残っていません。プライバシーへの配慮という意味では、これは健全な状態ともいえます。家族が特定されかねない情報を、本人があえて出さないという判断をしているわけですね。
「国際的な仕事」という表現が独り歩きした経緯
それでもネット上には「国際的な仕事をしている」という記述が数えきれないほど見つかります。この表現の出どころをたどっていくと、明確な一次情報にはたどり着きません。父親がベネズエラ出身で日本語が堪能であること、そして一家が東京都大田区に住んでいたこと。この2点から「海外と日本をつなぐ仕事なのでは」と推測した個人ブログの記述が、そのまま引用され続けてきたという構図です。
大田区は羽田空港を抱える区ですから、貿易や物流を連想するのは自然な発想ではあります。ただ、それはあくまで連想であって、裏付けのある話ではないんですよね。
候補として挙げられてきた職種
仮に国際的な仕事だとしたら、どんな職種が考えられるのか。ネット上では商社の貿易担当、外資系企業の日本法人勤務、通訳や翻訳、航空・旅行関係などが挙げられてきました。どれももっともらしく見えますが、決め手になる証言はひとつも出ていません。
一方で、一家は長く団地で暮らしていました。海外から一時的に派遣された駐在員というより、日本に生活の基盤を置いて働いてきた方だと考えるほうが、実際の暮らしぶりとは噛み合います。父親の職業は今のところ「わからない」というのが最も正確な答えですが、わからないままでも、家族の様子から見えてくるものはありますよ。
親の国は?父の母国ベネズエラとの意外な距離感
「ラウールの親の国は?」という疑問は、検索でもよく見かけます。父親がベネズエラ出身、母親が日本人。これは本人が繰り返し語っていることなので、確定情報と考えて問題ありません。ただ、その先を知ると少し意外な事実が出てきます。この節では、家族とベネズエラという国との実際の距離感を見ていきます。
南米北部にあるベネズエラという国
ベネズエラは南米大陸の北端に位置し、コロンビア、ブラジル、ガイアナと国境を接する国です。公用語はスペイン語で、石油をはじめとする鉱業が主要産業として知られています。ミス・ユニバースの優勝者を多数輩出してきた「美女大国」としても有名ですね。
ラウールさんの端正な顔立ちや彫りの深さは、この父方のルーツによるところが大きいのでしょう。下記の表に、ラウールさん一家とベネズエラ・日本それぞれの関わり方を整理しました。
| 家族 | 生まれた国 | スペイン語 |
|---|---|---|
| 父 | ベネズエラ | 母語(日本語も堪能) |
| 母 | 日本 | — |
| 兄・真輝リカルド | ベネズエラ | ほぼ話せないとされる |
| ラウール | 日本(東京) | 話せないと公言 |
※家族に関する情報は本人のメディア発言とその報道をもとに整理したものです。
ラウールはベネズエラに行ったことがない
驚く方が多いのですが、ラウールさんは父親の母国であるベネズエラに一度も行ったことがないと語っています。スペイン語も話せません。5歳上のお兄さんはベネズエラ生まれですが、ラウールさんは東京生まれ。育ったのも日本です。
家庭内の会話はすべて日本語で、スペイン語が登場するのは誕生日に歌う「ハッピーバースデー」のときくらいなのだとか。父親があえて母国語を教えなかったという事実には、日本で家族と生きていく覚悟のようなものがにじんでいる気がします。
名前に刻まれた「東京」
本名は村上真都ラウール。「真都」の「都」は、東京で生まれたことにちなんで付けられたと本人が明かしています。「真」の字はお兄さんの名前から取ったものだそうです。
ルーツを示す「ラウール」を残しつつ、生まれた土地の文字を日本名に組み込む。国をまたいだ家族だからこその名づけで、父と母がどんな思いで日本での生活を選んだのかが、名前ひとつからも伝わってきますよね。
父親の画像は出回っている?顔を知る手がかりはどこに
職業の次に多いのが「顔を見てみたい」という声です。190cm級の長身と整った顔立ちを息子に受け継がせたお父さんですから、興味を持つ方が多いのも無理はありません。ただ、この点についてははっきりお伝えしておくべきことがあります。ここでは画像の有無と、雰囲気を推し量れる手がかりについて触れていきます。
父親の顔写真は公開されていない
父親本人の顔写真は公開されておらず、ネット上に出回っているものも本人と確認できたものはありません。一般の方ですから、当たり前といえば当たり前ですね。「ラウール 父親 画像」で検索して出てくるのは、ラウールさん自身の写真か、無関係の人物の画像がほとんどです。
SNSではときどき「これが父親では」といった投稿を見かけますが、出所が示されているケースはまずありません。こうした画像を拡散することは、写された方の肖像権(本人の姿を無断で公表されない権利)に触れる恐れもあります。詮索しすぎないほうが、お互いにとって気持ちのいい距離感でしょう。
身長190cmという情報のたどり方
顔は分からなくても、体格についてはいくつかの証言があります。ラウールさんはインスタライブなどで「身長が高いのは父親譲り」と語っており、父親の身長は190cm前後と伝えられています。
ラウールさん自身の公称身長も190cmで、テレビ番組では192cmと紹介されたこともありました。ちなみにベネズエラ男性の平均身長はおよそ173cmとされているので、お父さんは母国でもかなりの長身ということになります。何かスポーツをしていたのかもしれない、と想像がふくらむところです。
兄・リカルドの顔立ちがいちばんのヒント
お父さんの雰囲気を知る手がかりとしてよく挙げられるのが、5歳上のお兄さん、村上真輝リカルドさんです。幼少期にキッズダンサーとして活動し、2013年公開の映画『SHAKE HANDS』にラウールさんと兄弟で出演しています。
当時の映像に映るリカルドさんは、高い鼻筋と深い目元が印象的な顔立ち。兄弟に共通するラテン系の彫りの深さは、間違いなく父方から受け継いだものでしょう。直接の写真がない以上、ここから想像するくらいがちょうどいいのかなと思います。
実家が金持ちと言われた理由と、外交官説が広まった背景
「ラウールの実家は金持ち」という説は、かなり根強く出回っています。父親が外交官だとか、外資系企業の幹部だとか、話はどんどん華やかになっていきました。ところが本人の証言を追いかけると、まったく違う景色が見えてきます。この節では、噂が生まれた理由と実際の暮らしぶりを突き合わせてみます。
裕福説の根拠として挙げられてきたこと
実家が裕福だと言われる材料は、だいたい決まっています。下記の表に、よく挙げられる根拠と、それに対する実際の情報を並べてみました。
| 裕福と言われる根拠 | 実際に確認できること |
|---|---|
| 父親が「国際的な仕事」 | 職業は非公表。噂の一次情報はない |
| 私立の日本大学第一中学校に進学 | 事実。中学受験を経て入学 |
| 幼少期からダンスレッスンに通っていた | 事実。小学1年から習い始めている |
| 海外旅行や良い美容室の話がある | 本人が語っているが頻度は不明 |
| 実家が大田区 | 事実。ただし住まいは団地 |
※各項目は本人のメディア発言および報道をもとに整理しています。
本人は「裕福ではなかった」と語っている
こうして並べると、噂の材料はどれも「支出のかかる習い事や進学をしていた」という話に集約されます。ところがラウールさん本人は、自分の生い立ちについて飾ることなく語っており、決して裕福な家庭ではなかったという趣旨の発言を残しているんです。
テーブルマナーについて聞かれたときも「俺のテーブルマナーは団地仕込みです」と答えていて、団地育ちであることを隠す様子はまったくありません。この率直さが、ラウールさんらしさでもありますよね。
外交官説が生まれたのは先入観から
では、なぜ外交官説まで飛び出したのか。背景にあるのは「ベネズエラ人の父を持つハーフ=特別な家庭」という先入観でしょう。加えて、パリコレのランウェイを歩くラウールさんの佇まいが「育ちがいいはず」というイメージを後押ししました。
もし本当に外交官や駐在員の家庭であれば、都心の高級マンションやインターナショナルスクールといった話題が出てきてもおかしくありません。でも彼が語るのは、母親のお弁当や自転車で山手線を一周した夏休みの宿題といった、どこまでも庶民的なエピソードばかりなんです。必要なところには投資し、それ以外は堅実にという家計の組み立てだったと考えるのが、いちばん実像に近いのではないでしょうか。
団地から引っ越した理由は?実家暮らしはいつまで続いたのか
実家に関する話題でいちばん具体的なのが、団地から引っ越したときのエピソードです。これはラウールさん自身がテレビ番組で語ったもので、家族の日常がそのまま伝わってくる内容でした。ここでは引っ越しの経緯と、実家暮らしがどこまで続いたのかを見ていきます。
デビュー直後まで団地に住んでいた
ラウールさんは15歳でSnow Manに加入し、16歳でCDデビューしています。フジテレビ系『ぽかぽか』に出演した際、デビュー当時は「まだ団地に住んでた」と明かしました。芸能界の仕組みもよく分かっておらず、デビューしたら追いかけられるという実感もなかったそうです。
国民的グループのセンターが、つい最近まで団地で普通に暮らしていた。この落差こそが、ラウールさんの話に多くの人が引き込まれる理由なのかもしれません。
引っ越しのきっかけは「黒塗りの高級車」
ある日、団地の下に見慣れない車が停まっていたそうです。団地には不釣り合いな黒塗りの高級車で、今なら週刊誌の張り込みだと分かるけれど、当時はまったく見当がつかなかったといいます。
お母さんも何の車か分からず、家族で「怖いね」という話になり、それが初めての引っ越しにつながりました。結局スクープが出ることはなく、本人も「全然悪いことは一切してなくて」と振り返っています。悪いことをしていなくても住まいを変えざるを得ない。有名になるというのは、そういうことなんですね。
現在も実家暮らしなのかは不明
その後の住まいについて、公式な情報は出ていません。10代の頃は「ママに今日はご飯大丈夫って言っちゃった」といった発言もあり、明らかに実家暮らしでした。ただ現在は2003年6月生まれの23歳(2026年8月時点)で、モデル活動で長期の海外滞在もこなす立場です。
ほぼ毎日自炊をしていると語っていることからも、生活の拠点は自分で管理しているとみるのが自然でしょう。とはいえ誕生日には実家に帰り、お母さんとお兄さんがクラッカーで迎えてくれたという話もありました。距離が変わっても、家族との関係は変わっていないようです。
母がハーフで宝塚出身という噂と、両親の離婚説の正体
家族の話題を追っていくと、必ずぶつかるのが母親をめぐる二つの噂です。「母親はハーフ」「元宝塚の女優だった」というもので、かなり具体的な形で流通してきました。もうひとつ、両親が離婚しているという説も長く囁かれています。この節では、それぞれの噂がどこから生まれたのかを追いかけます。
ハーフ・宝塚出身はどちらも事実ではない
まず結論をお伝えすると、母親がハーフというのも宝塚出身というのも、どちらも根拠のない話です。ラウールさん本人が、母親は日本人だと明言しています。ハーフなのはラウールさんと兄のリカルドさんであって、母親ではありません。
宝塚出身説の発生源としてよく指摘されるのが、元Sexy Zoneのマリウス葉さんとの取り違えです。マリウス葉さんの母親は元タカラジェンヌの燁明さん。同じ事務所、同じくハーフ、そろって高身長という共通点が重なり、情報が混線してしまったとみられています。
両親の離婚説・母子家庭説の出どころ
離婚説についても、公表された事実はありません。ではなぜ広まったのか。理由として挙げられるのは主に三つです。ラウールさんが幼少期に団地暮らしだったと明かしたこと、Snow Man加入直後に家族の間でいろいろあったと語ったこと、そして本名の姓が母方のものだと受け取られたことです。
ただ、Snow Man加入まもない頃には、メンバーの阿部亮平さんに向かって「僕のパパがスペイン語を教えますから」と話す場面もありました。ライブに両親そろって足を運んだという発言も残っています。母子家庭説は、情報が少ないことそのものが生んだ誤解だと考えるのが妥当でしょう。
語られないことは、不仲の証明ではない
父親のエピソードが少ない理由として、家庭内の会話がすべて日本語で、生活そのものが日本的だったからという見方があります。文化的な違いが表に出にくいぶん、話のネタになりにくかったということですね。
そもそも一般の方であるご両親について、ラウールさんが多くを語らないのは自然な判断です。語られないことを不仲や離婚に結びつけるのは、少し早すぎる推理といえるのではないでしょうか。
ラウールの父親の職業から見えてくる家族像と、これからの歩み
- お母さんの年齢は?判明したきっかけとなった発言
- 母の写真は公開されている?顔が似ていると言われる理由
- 母はダンサーだった?RIEHATAに師事したSWAG時代
- 兄・村上真輝リカルドの職業は?結婚と現在の姿
- 学歴と早稲田大学は何学部?家庭が注いだ教育投資
- パリコレを辞退した理由は?家族が支えた挑戦のこれから
お母さんの年齢は?判明したきっかけとなった発言
父親の情報が乏しい一方で、母親については比較的多くのエピソードが残っています。年齢についても、ちょっと変わった経緯で判明しました。ここでは年齢の根拠と、母子の距離感が伝わるやり取りを紹介します。
モスバーガーのイベントで飛び出した一言
2022年、ラウールさんはモスバーガーのイベントに出演しました。その場でテリヤキバーガーが発売49周年だと紹介されると、思わず「うちの母親と同い年ですわ」と口にしたそうです。
この発言から逆算すると、母親は1973年前後の生まれということになります。つまり2026年時点で53歳前後という計算ですね。もっとも、これはあくまで本人の何気ない一言からの推定なので、生まれ月によっては前後する可能性があります。
以前は「40代」と紹介されることも多かったのですが、それは2023年ごろの記事がそのまま残っているためです。年月が経てば当然更新されるべき数字なので、古い記述を見かけたときは書かれた時期を確かめてみてください。
兄の年齢から逆算しても矛盾はない
別の角度からも確かめてみましょう。5歳上のお兄さんは1998年前後の生まれとされています。母親が25歳前後で長男を出産したと仮定すると、1973年生まれという線とぴたりと重なります。
下記の表に、現時点で整理できる家族それぞれの年齢の目安をまとめました。
| 家族 | 生年の目安 | 2026年時点の年齢 |
|---|---|---|
| 母 | 1973年ごろ | 53歳前後 |
| 兄・真輝リカルド | 1998年ごろ | 28歳前後 |
| ラウール | 2003年6月27日 | 23歳 |
※母と兄の年齢は本人の発言からの推定値で、公表されたものではありません。
母子のやり取りに表れる距離の近さ
ラウールさんは両親を「パパ」「ママ」と呼んでいます。20代になっても呼び方を変えていないあたりに、家庭の空気が出ていますよね。
コーヒー好きのお母さんのために、世界一高級とされる「ブラックアイボリー」という豆を買ってプレゼントした話も残っています。夏休みの宿題で母親と自転車で山手線を一周し、6時間かかったというエピソードも印象的です。派手ではないけれど、手間と時間をかけた思い出が積み重なっている家庭だったのだろうと感じます。
母の写真は公開されている?顔が似ていると言われる理由
「ラウール 母 写真」という検索も多く見かけます。あれだけ整った顔立ちの息子を持つお母さんですから、どんな方なのか気になるのは自然な流れでしょう。ただ、こちらも父親と同じ結論になります。この節では画像の状況と、顔立ちの遺伝について触れていきます。
母親の顔画像も非公開
母親の顔写真やSNSアカウントは公開されておらず、ネット上で「母親」として出回る画像に確認が取れたものはありません。インスタグラムを開設しているという情報も見当たらないので、そもそも探しても見つからないというのが実情です。
一般の方のプライバシーですから、本来これが当たり前の状態です。ラウールさん自身も、家族の写真を自分のインスタグラムに載せることはしていません。
顔は母親似という本人の証言
写真はなくても、本人の発言からは手がかりが得られます。ラウールさんは顔は母親に似ていると語っており、一方で身長は父親譲りだと明言しています。性格については両親どちらの要素もあると自己分析していました。
幼稚園の頃からクラスでいちばん背が高かったという話もあるので、体格の面では早くから父方の遺伝が出ていたようですね。彫りの深さは父方、輪郭や雰囲気は母方。そんな配分なのかもしれません。
お弁当と美容室のエピソード
母親の人柄が伝わる話として、よく引かれるのが高校時代のお弁当です。中身が派手すぎて恥ずかしく、隠して食べたこともあったのだとか。手をかけてくれる気持ちはありがたいけれど、思春期には少し重い。そんな心の動きまで正直に話すのがラウールさんらしいところです。
もうひとつ有名なのが美容室の話。「髪はちゃんとした人に切ってもらう」という方針で、子どもの頃から良い美容室に通わせてくれたそうです。その習慣は今も続いていて、大事な仕事の前には必ず髪を切ってもらうルーティンになっているといいます。パリ滞在中も、早朝に無理を言って切ってもらったことがあるほどですよ。
母はダンサーだった?RIEHATAに師事したSWAG時代
「ラウールの母はダンサー」「RIEHATAさんと関係があるのでは」という声も、しばしば見かけます。世界的な振付師と幼い頃から縁があったことを考えれば、そう思いたくなる気持ちも分かります。ここでは母親とダンスの関わり、そして師匠との出会いを整理していきます。
母親がダンサーだったという記録はない
まず、母親自身がダンサーや振付師として活動していたという情報は確認できません。芸能活動歴のない一般の方だというのが、繰り返し語られてきた内容です。
ではなぜダンサー説が出たのか。ラウールさんと兄が幼少期から本格的にダンスをしていたこと、そして母親がその環境を用意した人物であることが、いつのまにか「母親自身が経験者だったのでは」という推測にすり替わったのだろうと考えられます。
ダンスを始めたきっかけは母親同士の会話
ダンスとの出会いは、意外なほど日常的なものでした。知り合いのお母さん同士で「何か習い事をさせたいね」という話になり、子どもたちを地元のダンススクールに通わせることになったのだそうです。
ラウールさんは小学1年生からダンスを習い始めています。兄弟そろって「まいとラウール」名義で「D’S TOY BURN」「HATABOY」といったチームで活動し、大会でいくつも賞を獲っていきました。この最初の一歩を決めたのが母親だったという事実は、家族の話としてかなり大きいところです。
RIEHATAとの師弟関係とSWAGでの日々
ラウールさんが通っていたのは、RIEHATAさんが経営する神奈川県川崎市のダンススタジオ「STUDIO SWAG」でした。検索でよく見かける「ラウール スワン」は、このSWAGを指していると考えてよさそうです。
小学3年生からRIEHATAさんが師匠となり、現在まで師弟関係が続いています。小学5年・6年にあたる2014年と2015年には、RIEHATAさんが選抜したチームでロサンゼルスの世界大会「Body Rock Junior」に出場し、2年連続で準優勝を果たしました。
2023年の東京ガールズコレクションでは、RIEHATAさんがラウールさんのステージの振付とディレクションを担当。10年前に買ったRIEHATAさんのグッズの帽子を今も大切にかぶっているというエピソードが公開され、ファンからは「最高の師弟関係」という声が集まりました。習い事として始まったダンスが、こんな形で続いているんですね。
兄・村上真輝リカルドの職業は?結婚と現在の姿
家族の中で、いちばん具体的な情報が出ているのが5歳上のお兄さんです。名前は村上真輝リカルドさん。芸能界とはまったく別の道を歩んでいますが、その働き方がまた興味深いんです。この節では兄の経歴と近況をまとめます。
東京都競馬株式会社に勤務しているとされる
複数のメディアが伝えているのは、リカルドさんが東京都競馬株式会社に勤務しているという情報です。大井競馬場や東京サマーランドなどを運営する会社ですね。
根拠として挙げられているのは、同社の採用ページに掲載された若手社員の座談会記事です。イニシャルや年齢、顔立ちの特徴が一致することから、リカルドさんではないかと見られています。ラウールさんが以前語っていた「実家が競馬場の近く」という話とも符合するため、信憑性は比較的高いといえるでしょう。ただし本人や会社が公表したわけではないので、確定情報ではない点はおさえておきたいところです。
担当しているのは環境まわりの技術職
座談会で語られていた業務内容は、施設設備部門でのCO2排出量の算定や、行政に提出する削減報告書の作成といったものでした。地味に聞こえるかもしれませんが、企業の環境対応が問われる今、じわじわと重みを増している仕事です。
入社の決め手は「地元にある大井競馬場の近くで育ち、地域に貢献したかった」という理由だったといいます。学歴については東京理科大学出身という噂が長く流れましたが、これは同姓同名の別人が発端で、実際は東京都立産業技術高等専門学校の出身とみられています。
結婚し、父親になっている
2024年に結婚し、2025年2月のYouTube配信ではラウールさん自身が「兄に子どもができる」と明かしました。ファンの間では「ラウールがおじさんになる」と話題になりましたね。下記の表に、兄弟のプロフィールを並べて整理しました。
| 項目 | ラウール | 兄・村上真輝リカルド |
|---|---|---|
| 生まれ | 2003年・東京 | 1998年ごろ・ベネズエラ |
| 身長 | 190cm前後 | 185cm前後とされる |
| 現在の職業 | アイドル・モデル・俳優 | 会社員(環境関連の技術職) |
| ダンス歴 | 小1から。世界大会準優勝 | 幼少期から。中学以降はサッカーへ |
※兄に関する数値は報道やメディア発言をもとにした目安です。
体型がほぼ同じで服を共有していた、兄が着たまま友達の家に置いてきてレパートリーが減った——そんな話も残っています。進む道は違っても、それぞれの場所で地に足をつけている兄弟です。
学歴と早稲田大学は何学部?家庭が注いだ教育投資
父親の職業が話題になる背景には、「あの進学先を選べる家庭とは」という関心も含まれているはずです。実際、ラウールさんの学歴はなかなか個性的な歩み方をしています。ここでは進学の経緯と、家庭が費やしたであろう教育投資を見ていきます。
小学校から高校までの歩み
出身小学校は東京都大田区立池上小学校とされています。中学は中学受験を経て私立の日本大学第一中学校へ。定期テストではいつも学年2位で、毎日6時間勉強していたというのですから、努力の量が違いますね。
高校は内部進学で日本大学第一高校に進みましたが、Snow Man加入後の多忙さから出席日数が足りなくなり、芸能活動と両立しやすい堀越高校へ転校しています。「偏差値70超の高校に通っていた」という噂も流れましたが、これは数字が一人歩きしたものとみられます。
早稲田大学は人間科学部のeスクール
2022年4月、ラウールさんは早稲田大学に入学しました。学部は人間科学部の健康福祉科学科で、通信教育課程である「eスクール」に在籍しています。オンラインで授業を受け、課題やディスカッションを重ねて単位を積み上げていく仕組みです。
入試は書類と面接が中心で、ラウールさんはライブ本番のMC中に制服へ着替え、音のしない部屋でオンライン面接を受けたと語っています。入学試験がないぶん楽だと思われがちですが、毎週のレポートと課題をこなし続ける必要があり、卒業までたどり着くのは決して簡単ではありません。順当なら2026年3月が卒業のタイミングでしたが、この点について公式な発表は確認できていません。
教育にかかった費用のイメージ
下記の表に、一般的な相場をもとにした費用感を整理しました。あくまで目安であり、ラウールさんの家庭の実額ではない点にご注意ください。
| 項目 | 月あたりの一般的な目安 |
|---|---|
| キッズダンスのレッスン | 1万5000円〜3万円程度 |
| 私立中学の学費 | 8万円〜10万円程度 |
| 通信制大学の学費 | 2万5000円〜4万円程度 |
※金額は一般的な相場からの試算で、実際の負担額とは異なります。
団地で暮らしながら、これだけの学びの機会を用意した。豪邸があるかどうかより、お金の使いどころを決めていた家庭だったという事実のほうが、よほど雄弁だと思いませんか。
パリコレを辞退した理由は?家族が支えた挑戦のこれから
検索候補に「ラウールがパリコレを辞退した理由は何ですか?」という一文が並ぶことがあります。せっかく世界の舞台に立ったのに辞退したのか、と心配になった方もいるでしょう。ただ、この問いは前提そのものを確かめる必要がありそうです。最後の節では、モデル活動の実際と、これからの歩みを見ていきます。
パリコレを辞退したという事実は確認できない
調べていくと、ラウールさんがパリコレを辞退したという報道は見当たりません。むしろ2022年のパリコレデビュー以降、出演を重ねてきたというのが実際の流れです。
この検索ワードが生まれた背景としては、いくつかの別の出来事が混ざった可能性が考えられます。番組『それSnow Manにやらせてください』で腰の不調により大会出場を見送った件、体調不良でミュージックビデオの撮影に参加できなかった件、そしてSnow Manが紅白歌合戦を辞退した過去。こうした「辞退」の記憶が、パリコレという別の話題と結びついてしまったのかもしれません。
オーディションの9割以上に落ちていた
辞退どころか、ラウールさんのモデル活動は落選の連続から始まりました。2024年6月にはパリのモデル事務所「BANANAS MODELS」への所属を報告していますが、これも20社から30社を受けて唯一通った1社だったといいます。
ランウェイのオーディションに至っては、受けたうちの9割以上が不合格。マネージャーを連れずに単身で渡仏し、手続きもすべて自分で行ったと語っています。日本ではトップアイドルでも、現地ではその実績は通用しません。「人として見られてないと思う瞬間もあった」という言葉には、その厳しさが凝縮されていました。
ドキュメンタリーで明かされた1年半
2025年9月に配信されたドキュメンタリー『RAUL:ON THE RUNWAY』では、2024年1月からの約1年半にわたる挑戦が記録されました。1年で結果が出ず、スタッフに「一旦、続けさせてほしい」と願い出て、2025年6月のミラノとパリのファッションウィークが最後の挑戦になったという経緯も明かされています。
この挑戦を始めた動機として、ラウールさんは「16歳でデビューしたので、普通の10代や20代より甘やかされてきたのかなって」「苦労する経験がしてみたかった」と語りました。団地で育ち、必要なところに投資してもらいながら夢を追った少年が、今度は自分から厳しい場所へ出ていったわけです。
父親の職業は分からなくても、伝わるもの
2026年に入ってからも、ファッション特番のMCを務めるなど活動の幅は広がり続けています。父親の職業はこの先も明かされないままかもしれません。それでも、ベネズエラから日本へ渡って家族を育て、息子の名前に「東京で生まれた子」という意味を刻んだこと。その事実だけで、十分に伝わってくるものがあるのではないでしょうか。
ラウールの父親の職業と家族に関するまとめ
- ラウールの父親の職業は公表されておらず、事務所や本人からの発表もない
- 「国際的な仕事」という説に一次情報はなく、推測が引用され続けてきたもの
- 父親はベネズエラ出身で、日本語が堪能だと伝えられている
- 母親は日本人で、ハーフ説や宝塚出身説はいずれも根拠がない
- 宝塚出身説は元Sexy Zoneのマリウス葉の家族との混同が原因とみられる
- 両親の離婚は公表されておらず、母子家庭説は情報の少なさが生んだ誤解
- 父親の顔写真は非公開で、確認の取れた画像は出回っていない
- 父親の身長は190cm前後とされ、ラウールの長身は父親譲り
- 実家は大田区の団地で、本人が繰り返し団地育ちだと語っている
- デビュー直後に黒塗りの車が現れたことをきっかけに引っ越している
- 母親の年齢は本人発言からの逆算で2026年時点の53歳前後
- ダンスを始めたきっかけは母親同士の会話からで、母自身は一般人
- 小学3年からRIEHATAに師事し、川崎のSTUDIO SWAG出身
- 兄・村上真輝リカルドは東京都競馬株式会社で環境関連の技術職とされる
- 兄は2024年に結婚し、2025年に父親になったことが明かされた
- ラウールは早稲田大学人間科学部健康福祉科学科のeスクールに在籍
- パリコレを辞退したという報道はなく、他の出来事との混同の可能性が高い


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