映画『サバカン SABAKAN』で12歳のときにスクリーンデビューし、2025年公開の『海辺へ行く道』では約800人が参加したオーディションを勝ち抜いて映画初主演を射止めた原田琥之佑さん。祖父は昭和を代表する名優・原田芳雄さん、父親はギタリストの原田喧太さんという、絵に描いたような表現者一家の出身です。
そんな原田琥之佑さんについて、「学校はどこ?」「中学や高校の名前は公表されているの?」と気になっている方も多いはずです。名前の読み方や年齢、家族構成とセットで検索されることも増えてきました。
この記事では、原田琥之佑さんの学校にまつわる情報を公開されている範囲でていねいに整理しつつ、プロフィールや両親・祖父との関係、『天狗の台所』をはじめとするドラマ出演歴、そして2026年以降の公開作までまとめてご紹介します。
原田琥之佑の学校はどこ?中学・高校の学歴を公開情報から徹底調査
- 原田琥之佑の読み方は「はらだこうのすけ」
- 原田琥之佑の出身中学校はどこ?
- 原田琥之佑の年齢から通っている高校の学年を割り出す
- 原田琥之佑の身長172cmは今も正しいのか
- 原田琥之佑の学校生活とデビュー作『サバカン SABAKAN』
- 原田琥之佑が語る「学校も仕事も遊びも全力」という言葉
読み方は「はらだこうのすけ」
まず名前の読み方から確認しておきましょう。検索窓に「原田琥之佑 読み方」と打ち込む人がとても多いのですが、正解ははらだ こうのすけです。「琥之佑」という三文字は日常であまり見かけない組み合わせなので、初見で正しく読める人のほうが少ないかもしれません。
「琥」も「佑」も、当て字ではなく意味のある字
「琥」は宝石の琥珀(こはく)に使われる字で、虎をかたどった古代の玉器を指します。「佑」は助ける、力を添えるという意味を持つ字ですね。つまり名前だけを見ても、両親が画数や語感にかなり気を配って付けたことが伝わってきます。
芸能界には芸名で活動する人も多いのですが、原田琥之佑さんについては芸名であることを示す情報は出ていません。所属事務所トップコートの公式プロフィールでも、この表記がそのまま使われています。
検索で「原田琥之佑」と分かち書きされてしまう事情
関連キーワードを眺めていると「原田 琥 之 佑 ドラマ」「原田 琥 之 佑 父親」のように、名前が一文字ずつ区切られた形が並んでいます。これは変換候補から一字ずつ拾って入力した結果だと考えられます。読みが分からない漢字ほど、こういう入力のされ方をしやすいわけですね。
ちなみにInstagramのアカウント名は「kounosuke0202」。0202は誕生日の2月2日から来ています。ローマ字表記が「kounosuke」なので、公式に近い形での読みもここから裏付けが取れます。
学校の名簿ではどう扱われているのか
学校の名簿や出席簿では、読み仮名が併記されるのが一般的です。とはいえ原田琥之佑さん本人が、学校で名前をどう呼ばれているかを語った記録は見当たりません。同級生から「こうのすけ」と呼ばれているのか、あるいは短く縮めた愛称なのか、そのあたりは想像するしかない部分ですね。
名前の話から入りましたが、読み方が正確に伝わっているかどうかは、俳優にとって案外大きな問題です。作品のクレジットで名前を見た人が正しく読めて、はじめて記憶に残るわけですから。デビューから数年で読み方の検索が増えている現状は、それだけ名前が目に触れる機会が増えた証拠ともいえるでしょう。
出身中学校はどこ?
ここからが本題です。原田琥之佑さんの学校について調べている方が最も知りたいのは、やはり具体的な学校名でしょう。結論からお伝えすると、出身中学校の名前は公表されていません。所属事務所の公式プロフィール、各種インタビュー、番組出演時の紹介文のいずれにも、校名は登場していないのです。
公式プロフィールに載っているのは出身地と生年月日だけ
トップコートの公式サイトに掲載されている原田琥之佑さんの情報は、出身地が東京都であること、誕生日が2010年2月2日であることの2点にほぼ絞られています。学歴欄そのものが用意されていません。若手俳優のプロフィールでは珍しくない形式です。
日本タレント名鑑をもとにした番組情報サイトでも、血液型はA型、特技は絵を描くこととギター、趣味はギター、といった項目までは載っているのですが、学校に関する記載はやはりありませんでした。
未成年俳優の学校が非公表になりやすい理由
芸能活動をしている未成年の場合、学校名を伏せるのは業界としてごく標準的な対応です。校門前での待ち伏せや、同級生を巻き込んだ撮影トラブルを避けるためですね。学校側から「他の生徒の学習環境を守りたい」という要望が出るケースもあります。
とくに原田琥之佑さんは、2022年のデビューから数年で主演作を持つまでになった俳優です。露出が増えるほど、日常生活を守る必要性は高まっていきます。学校名が出てこないのは、むしろ周囲がきちんと配慮している証といえるのではないでしょうか。
ネット上に出回る「あの学校では」という話の扱い方
個人ブログやSNSでは、特定の中学校名を挙げて「ここに通っていたのでは」と推測する投稿が見られることがあります。ただしこれらは目撃情報ですらない単なる推測で、本人や関係者の発言に裏付けられたものではありません。
確実にいえるのは、東京都で学校生活を送りながら撮影に臨んできたという事実だけです。詮索を広げるよりも、作品での姿を楽しむほうが、この俳優の魅力にはずっと近づけるはずですよ。
年齢から通っている高校の学年を割り出す
中学校と同じく、在学している高校の名前も公表されていません。ただ、生年月日が分かっていれば学年はかなり正確に推測できます。原田琥之佑さんは2010年2月2日生まれ、つまり2026年8月時点の年齢は16歳です。
2月生まれは「早生まれ」になる
日本の学年区分は4月2日から翌年4月1日まで。2月2日生まれの原田琥之佑さんはいわゆる早生まれで、同学年の中では誕生日が遅いグループに入ります。2009年4月〜2010年4月生まれの世代と机を並べている計算になりますね。
この区分にあてはめると、2026年8月時点では高校2年生の世代ということになります。ENCOUNTのインタビュー(2025年9月掲載)でも「現在は高校に進学し」と書かれており、高校生であること自体は本人の発言からも確認できます。
年齢と学年の対応を整理する
作品ごとに「当時何歳だったのか」が分かると、演技の変化を追いかけるのが一段と面白くなります。下記の表に、主な出来事と当時の学年をまとめました。
| 時期 | 年齢 | 学年の目安 | 主な出来事 |
|---|---|---|---|
| 2021年夏 | 11歳 | 小学6年生 | 『サバカン SABAKAN』のオーディション受験 |
| 2022年8月 | 12歳 | 中学1年生 | デビュー作が公開 |
| 2024年夏 | 14歳 | 中学3年生 | 『天狗の台所 Season2』『ルート29』公開 |
| 2025年8月 | 15歳 | 高校1年生 | 『海辺へ行く道』で映画初主演 |
| 2026年8月 | 16歳 | 高校2年生 | 『手塚治虫の戦争』でダブル主演 |
※学年は日本の一般的な区分にもとづく推定で、実際の在籍状況を示すものではありません。
通信制・単位制という選択肢もある
芸能活動と学業を両立する高校生の中には、全日制ではなく通信制や単位制(自分で履修計画を組み、必要な単位を取って卒業する仕組み)を選ぶ人も少なくありません。撮影で長期間現場に入る場合、時間割の融通が利くほうが現実的だからですね。
原田琥之佑さんがどの課程に在籍しているのかは明かされていません。ただ、2025年から2026年にかけての出演本数を見ると、相当な時間を撮影に割いていることは間違いないでしょう。学業との折り合いをどうつけているのか、いつか本人の口から聞いてみたいところです。
身長172cmは今も正しいのか
学校生活を思い浮かべるとき、意外と気になるのが身長ではないでしょうか。原田琥之佑さんについては「172cm」という数字が広く出回っていますが、この数値の扱いには少し注意が必要です。
172cmという数字の出どころ
日本タレント名鑑をもとにした番組情報サイトには、身長172cm、血液型A型、みずがめ座と記載されています。多くのまとめ記事が引用しているのはこの資料です。芸能プロフィールとしては信頼度の高い情報源といえます。
一方で、トップコートの公式プロフィールには2026年8月時点で身長の項目が置かれていません。172cmが現在の数値だと断定できる材料はないということになりますね。
本人が「悩み」として挙げていたのが身長
モデルプレスの一問一答で「今、悩んでいることは?」と聞かれた原田琥之佑さんは、こう答えています。「身長が急激に伸びて悩んでいます」。この取材は2025年、15歳のときのものです。
成長期の男子は年間で数センチ伸びることも珍しくありません。掲載時期の異なるプロフィールで数字が食い違うのは、むしろ自然な現象です。過去の資料をそのまま「現在の身長」として受け取ると、実態からずれてしまう可能性があります。
資料ごとの記載を並べてみる
どの情報源に何が載っているのか、下記の表に整理しました。
| 情報源 | 身長の記載 | その他の記載 |
|---|---|---|
| トップコート公式 | 記載なし | 出身地・誕生日のみ |
| 日本タレント名鑑系 | 172cm | 血液型A型/特技はギターと絵 |
| 本人の発言(2025年) | 数値の言及なし | 「急激に伸びて悩んでいる」 |
※いずれも2026年8月時点で確認できる公開情報にもとづきます。
役柄との関係でも身長は無視できない
子役から青年役へ移っていく時期の俳優にとって、身長の変化はキャスティングに直結します。『ルート29』で共演した高良健吾さんは、1か月ぶりに再会した原田琥之佑さんに「大きくなったな」と声をかけたそうです。何気ないひと言だったはずですが、本人はとても嬉しかったと振り返っています。
学校でも撮影現場でも、体つきが変わっていく年頃。その過渡期をそのまま作品に刻めるのは、この年代の俳優だけが持てる強みなのかもしれません。
学校生活とデビュー作『サバカン SABAKAN』
原田琥之佑さんが俳優の道に足を踏み入れたのは、小学6年生のときでした。学校に通いながら受けた一本のオーディションが、その後の人生を大きく動かしています。
きっかけは知人からの一言
自分から俳優を志望していたわけではなく、知人に勧められて『サバカン SABAKAN』(金沢知樹監督)のオーディションを受けたのが始まりでした。当時はまだ小学生。撮影前日まで泣いていたというほど、初めての現場に対する不安が強かったといいます。
ところが実際に現場に入ると「意外と楽しいぞ」と気持ちが一変したそうです。長崎を舞台にした少年たちのひと夏を描いた作品で、主人公の親友・竹本健次を演じました。2022年8月19日の公開後、その自然な演技は高く評価されます。
受賞と、あえての1年間の休止
この作品で原田琥之佑さんは「おおさかシネマフェスティバル2023」の新人男優賞を受賞しました。デビュー作でいきなり賞を手にしたわけですが、本人はその後あえて1年間、俳優活動を休止しています。
それでもやりたいと思えたら続ける、という自分なりの区切りをつけるためでした。学校生活に戻ったうえで気持ちを確かめ、あらためて俳優の道を選んでいます。12歳や13歳でこの判断ができるのは、なかなかできることではありませんよね。
撮影と授業をどうやりくりしたのか
デビュー作の撮影は長崎で行われました。学校のある東京から離れての長期滞在ですから、当然ながら授業との調整が必要になります。子役の場合、労働時間や就業時間帯にも法律上の制限があり、撮影スケジュールはそれを踏まえて組まれます。
原田琥之佑さん自身は、撮影期間中も学校生活との両立を意識していたと語っています。華やかに見える現場の裏側で、教科書とにらめっこする時間があったわけですね。
公開から数年たっても語られ続ける一本
『サバカン SABAKAN』は、大人になった主人公を草なぎ剛さんが演じ、1980年代の長崎の空気をていねいにすくい取った作品です。派手な仕掛けはないのに、観た人が自分の少年時代を思い出してしまう。そんな受け止められ方をして、公開から数年たった今も配信で新しい観客を増やし続けています。
デビューから4年、その積み重ねが主演作を任される今につながっています。小学生のときに一度きりの体験で終わっていてもおかしくなかったことを思うと、あの1年間の休止が持つ意味は決して小さくなかったのでしょう。
「学校も仕事も遊びも全力」という言葉
学校という切り口で原田琥之佑さんを見ていくと、どうしても外せない発言があります。モデルプレスの一問一答で「自分にキャッチコピーをつけるとしたら?」と聞かれたときの答えです。
キャッチコピーは「真面目にふざける」
本人が挙げたのは「真面目にふざける」というフレーズでした。その理由として「学校も、仕事も、遊びも、全て全力で真剣にやりたい」と続けています。学校を仕事や遊びと並べて口にしたところに、この人らしさが出ているように思いませんか。
芸能活動が忙しくなると、学校が二の次になっても不思議はありません。それでも学校を真っ先に挙げているあたり、日常の比重を大事にしているのが伝わってきます。
好きな言葉に選んだのは甲本ヒロトの一節
同じ一問一答で「好きな言葉」として挙げたのは、ミュージシャンの甲本ヒロトさんによる「幸せを手に入れるんじゃない 幸せを感じることの出来る心を手に入れるんじゃ」という言葉でした。今いちばん会いたい人にも甲本ヒロトさんの名前を挙げています。
10代半ばでこの言葉を選ぶ感性は、音楽が絶えず流れていた家庭環境と無関係ではないでしょう。父親はギタリスト、母親はシンガー。生活の中に音があるというのは、そういうことなのだと思います。
ギターに向き合った時間
ギターを始めたのは2024年の夏ごろだといいます。多い日は6時間以上弾いていたと明かしており、「指は痛いけれど、好きな気持ちが勝ちます」と笑って話していました。学校と撮影の合間にそれだけ弾き込むというのは、相当な熱量ですよね。
絵のほうは小学生の頃から続けている趣味で、映画『海辺へ行く道』では本人が描いたイラストが劇中で使われました。演じる役が美術部員という設定だったので、そのまま作品に取り込まれたかたちです。学校で培ったものが仕事に直結した、分かりやすい例といえるでしょう。
「なんでもやりたい」という現在地
今後についてはこう語っています。「ギターを弾きながら、絵を描きながら、俳優もやって……なんでもやりたい」。目標として挙げているのはアクションで、映画『ベイビーわるきゅーれ』を劇場で観たときの衝撃がきっかけだったそうです。
やりたいことを絞り込まずに並べていられるのは、10代のうちだけかもしれません。学校も含めて全部を抱えたまま走っている今の姿は、数年後に振り返ったときに貴重な時期として映るはずです。
原田琥之佑の学校が語られない背景と、家族・出演作から見える素顔
- 原田琥之佑の祖父は誰?原田芳雄の孫であること
- 原田琥之佑の父親はギタリストの原田喧太
- 原田琥之佑の母親は誰?親戚に佐藤浩市も
- 原田琥之佑の『天狗の台所』などドラマ出演歴
- 原田琥之佑の『ムショラン三ツ星』と『手塚治虫の戦争』
- 原田琥之佑と『君のクイズ』検索の謎と2026年以降の公開作
祖父は誰?原田芳雄の孫であること
「原田芳雄の孫は俳優ですか」という検索が絶えないほど、この家系は広く知られています。答えははっきりしていて、原田琥之佑さんは俳優・原田芳雄さんの孫にあたります。ただ、その関係性については誤解も混じって広まっているのが実情です。
原田芳雄はどんな俳優だったのか
原田芳雄さんは1940年生まれ。映画・テレビドラマ・舞台のいずれでも独特の存在感を放ち、アウトローの役柄で強い印象を残した俳優です。2011年7月19日、腸閉塞と肺炎の併発により71歳で亡くなりました。遺作は自ら企画を進めた『大鹿村騒動記』でした。
「祖父が亡くなった翌年に生まれた」という説は誤り
ネット上のまとめ記事では「原田琥之佑さんは祖父の死の翌年に生まれた」という説明を見かけることがあります。しかし生年月日を並べれば分かるとおり、これは事実と逆です。原田琥之佑さんの誕生は2010年2月、原田芳雄さんの逝去は2011年7月。つまり祖父が亡くなった時点で、1歳5か月ほどの赤ちゃんでした。
本人も「祖父の記憶はない」とはっきり語っています。会っているけれど覚えていないというのが正確なところで、生まれる前に亡くなっていたわけではないのですね。
「孫」という肩書きとの距離の取り方
取材ではこう話しています。「“原田芳雄さんのお孫さん”とは毎回言われますが、僕自身は記憶が一切ないので『そうなんだ』『そうですかね』としか思えません。孫であることは間違いありませんが、特別に意識してきたわけではないです」。淡々とした受け答えが印象的です。
一方で、作品情報を知らずにテレビを観ていて祖父が急に登場し、「あれ? 出てる!」と驚くこともあるのだとか。血縁というより、一人の観客として画面越しに出会っている感覚に近いのかもしれません。学校でも「あの原田芳雄の孫」と言われる場面はあったでしょうが、そこに寄りかからずに役を取ってきたことは、経歴を追えばよく分かります。
父親はギタリストの原田喧太
父親の名前もよく検索されています。原田琥之佑さんの父親は、ギタリストの原田喧太さん。原田芳雄さんの息子であり、音楽の世界で長く活動してきた人物です。
サポートギタリストとしての実績
原田喧太さんは吉川晃司さん、大黒摩季さん、及川光博さんといったアーティストのライブやレコーディングを支えてきたギタリストです。1994年にはソロデビューも果たしています。バンド活動やプロデュース業にも携わり、裏方と表方を行き来してきたキャリアの持ち主ですね。
「二世」という肩書きから逃げた若い日
興味深いのは、原田喧太さん自身が父の名前をひどく嫌っていた時期があることです。周囲から向けられる色眼鏡が耐えられず、16歳で家を出たと語っています。俳優のオファーもほとんど断り続けてきました。
「親父の力を借りて名前を売るなんて俺的には自己否定以外のなにものでもない」という言葉も残しています。16歳といえば、まさに今の原田琥之佑さんと同じ年齢。同じ年頃で正反対の選択をした親子だと考えると、なんとも味わい深い話ではないでしょうか。
息子のデビュー作を観て号泣
その原田喧太さんが、息子のデビュー作『サバカン SABAKAN』を劇場で観たときのこと。画面に息子が現れた瞬間、涙が止まらなくなったと伝えられています。父の名前から距離を取り続けた人が、息子の第一歩には泣いてしまう。この対比を知ると、家族の物語としての厚みが一段増しますよね。
ギターについても、原田琥之佑さんは父親の影響を認めています。身近に楽器がある環境で育ち、2024年から本格的に弾き始めました。俳優になれと言われた形跡はないのに、音だけはしっかり受け継いでいるわけです。
親子の私生活は表に出てこない
これだけ知られた父子でありながら、家庭内のエピソードが語られる機会はほとんどありません。原田琥之佑さんが取材で父親に触れるのは、ギターの話題が出たときくらいです。演技について助言をもらったという話も、公の場では出てきていません。
息子が未成年である以上、家庭の中身をどこまで見せるかは慎重に判断されているはずです。父親が二世という立場に長く苦しんだ人だからこそ、息子には同じ思いをさせたくないという考えがあるのかもしれませんね。学校名が伏せられていることとも、根っこは通じているように感じます。
母親は誰?親戚に佐藤浩市も
「原田琥之佑の母親は誰ですか」という質問も、関連キーワードの常連です。母親はシンガーの原田由佳さんで、旧姓の広田由佳名義で音楽活動をしていたと伝えられています。
両親そろって音楽の人
父親がギタリスト、母親がシンガーということは、家の中に常に音があったということです。ボイストレーナーとしても活動していると紹介されることがあり、歌の指導に携わってきた経歴の持ち主とみられています。
ただし母親については、公式に発信されている情報が父方に比べて格段に少ないのが実情です。エピソードの多くは父・喧太さんのインタビューを経由して伝わってきたもので、本人が積極的に表に出ているわけではありません。
義理の伯父が佐藤浩市という縁
母方をたどると、思わぬ名前が出てきます。俳優の佐藤浩市さんが義理の伯父にあたるのです。佐藤浩市さんの妻である広田亜矢子さんと、原田琥之佑さんの母・由佳さんが姉妹という関係になります。
この縁は原田喧太さん本人がインタビューで「親戚の佐藤浩市さん」と語っており、憶測の類ではありません。となると、佐藤浩市さんの息子である俳優の寛一郎さんは、原田琥之佑さんのいとこにあたる計算です。
姉も俳優として活動
さらに12歳年上の姉が、御子柴彩里さんの名前で俳優として活動しています。祖父、父、母、姉、そして母方の親戚まで表現の仕事に就いているのですから、一族総出という表現もあながち大げさではありません。家族関係を下記の表にまとめました。
| 続柄 | 名前 | 主な活動 |
|---|---|---|
| 祖父 | 原田芳雄さん | 俳優(2011年逝去) |
| 父 | 原田喧太さん | ギタリスト・音楽プロデューサー |
| 母 | 原田由佳さん | シンガー |
| 姉 | 御子柴彩里さん | 俳優(12歳年上) |
| 義理の伯父 | 佐藤浩市さん | 俳優(母の姉の夫) |
| いとこ | 寛一郎さん | 俳優(佐藤浩市さんの息子) |
※親族関係は本人および父・喧太さんの公表発言にもとづきます。
これだけの家系に生まれながら、原田琥之佑さんは知人の勧めで受けたオーディションから始め、その後も約800人の中から主演を勝ち取っています。学校名が伏せられているのも、こうした環境の子どもが平穏に育つための当然の配慮なのだと思えてきますね。
『天狗の台所』などドラマ出演歴
関連キーワードに「天狗の台所」が並ぶとおり、原田琥之佑さんはドラマでも着実に出番を増やしてきました。映画のイメージが強い俳優ですが、テレビでの露出が知名度を押し上げてきた面も大きいのです。
デビュー年に連続ドラマへ
映画デビューと同じ2022年、フジテレビ系『PICU 小児集中治療室』に野口朔太役で出演しています。北海道の小児集中治療室を舞台にした作品で、中学1年生になったばかりの時期に連続ドラマの現場を経験したことになります。
翌2023年にはNHKの特集ドラマ『軍港の子 〜よこすかクリーニング1946〜』で岡田武弘役を演じました。終戦直後の横須賀を描いた重い題材で、この頃からNHK作品との縁が続いていきます。
『天狗の台所 Season2』での颯真役
2024年にはBS-TBSの『天狗の台所 Season2』に颯真役で出演しました。天狗の血を引く兄弟が山あいの古民家で暮らす物語で、料理と四季の描写がていねいな作品として知られています。派手な展開よりも日常の手触りを積み上げるタイプのドラマで、原田琥之佑さんの落ち着いた芝居がよく馴染んでいました。
同じ2024年にはNHK夜ドラ『柚木さんちの四兄弟。』の第9話から第11話にも森田卓役で登場しました。1年のうちに民放・BS・NHKを横断していることになりますね。雰囲気の異なる作品を続けて渡り歩いた時期で、器用さがはっきり見えてきます。
WOWOWの連続ドラマWにも
2025年9月からはWOWOWの『連続ドラマW 夜の道標 -ある容疑者を巡る記録-』が放送されました。吉岡秀隆さんらが出演した重厚なミステリーで、こちらも子ども向けとは言いがたい題材です。DVD-BOXは2026年4月に発売されています。
ここまでの主なテレビ出演を、下記の表に時系列で整理しました。
| 放送年 | 作品名 | 放送局 | 役名 |
|---|---|---|---|
| 2022年 | PICU 小児集中治療室 | フジテレビ系 | 野口朔太 |
| 2023年 | 軍港の子 〜よこすかクリーニング1946〜 | NHK総合 | 岡田武弘 |
| 2024年 | 柚木さんちの四兄弟。 | NHK総合(夜ドラ) | 森田卓 |
| 2024年 | 天狗の台所 Season2 | BS-TBS | 颯真 |
| 2025年 | 連続ドラマW 夜の道標 | WOWOW | — |
※放送年は初回放送の年を記載しています。
学校に通いながらこれだけの本数をこなしているわけですから、時間のやりくりは相当なものでしょう。作品ごとに役の年齢や背景が変わるので、そのたびに新しい引き出しが必要になります。
『ムショラン三ツ星』と『手塚治虫の戦争』
2026年に入ってからの動きは、それまでとは明らかに規模が変わりました。関連キーワードに「ムショラン」が浮上してきたのも、この年の出演がきっかけです。
NHK土曜ドラマ『ムショラン三ツ星』
小池栄子さん主演の『ムショラン三ツ星』は、2026年5月23日にスタートしたNHK総合の土曜ドラマです。刑務所の管理栄養士が、食を通じて受刑者の更生に向き合う社会派コメディーで、全5回の構成でした。現役の刑務所管理栄養士によるノンフィクションが原作になっています。
原田琥之佑さんはこの作品の最終話に岸田和馬役で出演したと伝えられています。ゲスト的な立ち位置ではありますが、話題作の締めくくりに配される役どころという点で存在感は小さくありません。
『手塚治虫の戦争』でダブル主演
そして2026年8月12日、NHK総合とBSP4Kで放送されたのが特集ドラマ『手塚治虫の戦争』です。高良健吾さんとのダブル主演という、キャリア最大級の仕事になりました。
原作は手塚治虫の『紙の砦』と『ゴッドファーザーの息子』、脚本は桑原亮子さんが担当しています。1973年の東京で漫画家としてどん底にあった手塚治虫と、1945年の大阪を生きる彼の分身・大寒鉄郎の物語が交錯する構成で、原田琥之佑さんが演じたのが大寒鉄郎でした。
16歳が16歳を演じるという偶然
大寒鉄郎は、戦時下の大阪で「非国民」と蔑まれながら漫画を描き続ける16歳の少年です。演じた原田琥之佑さんもまた16歳。役と実年齢がぴたりと重なるという、狙って作れない巡り合わせでした。絵を描くことが趣味という点まで一致しています。
会見では「こんなに自信を持って“全力で頑張った”と言える作品がまたひとつできてうれしいです」とコメントしています。この言葉は、キャッチコピーに掲げた「全て全力で真剣にやりたい」という姿勢とそのまま重なりますね。放送に合わせてNHKの情報番組やEテレ『天才てれびくんgrow』にも出演し、露出が一気に増えた夏になりました。
『君のクイズ』検索の謎と2026年以降の公開作
関連キーワードには「君のクイズ」も並んでいます。ただ、この組み合わせについては少し整理が必要です。
『君のクイズ』の主なキャストに名前は見当たらない
映画『君のクイズ』は2026年5月15日公開、小川哲さんの小説を原作とした作品です。中村倫也さんが主人公、神木隆之介さんが対戦相手、ムロツヨシさんが番組の総合演出者を演じています。
各映画情報サイトのキャスト一覧を確認したかぎり、原田琥之佑さんの名前は主要キャストに含まれていません。同時期に話題の若手俳優として名前が並んだことや、クイズ番組を扱う作品という連想から検索が伸びた可能性が考えられます。断定は避けますが、少なくとも大きく告知された出演情報は見当たらない、というのが現状です。
確定しているのは9月公開の『白鳥とコウモリ』
一方で、公開が決まっている作品は複数あります。2026年9月4日公開の『白鳥とコウモリ』は東野圭吾さん原作、岸善幸監督、松村北斗さんと今田美桜さんが主演を務めるミステリーです。原田琥之佑さんもキャストに名を連ねています。
さらに2026年公開の『POCA PON ポカポン』では宮下健太役、2026年11月20日公開予定の『はじまりのさよなら』では岩隈大也役を演じます。ドラマ『俺たちバッドバーバーズ』への出演も確認されています。
公開予定作を一覧で確認
2025年以降の映画出演を、下記の表にまとめました。
| 公開時期 | 作品名 | 役名・立場 |
|---|---|---|
| 2025年8月29日 | 海辺へ行く道 | 南奏介(映画初主演) |
| 2025年11月21日 | 平場の月 | 出演 |
| 2026年公開 | POCA PON ポカポン | 宮下健太 |
| 2026年9月4日 | 白鳥とコウモリ | 出演 |
| 2026年11月20日 | はじまりのさよなら | 岩隈大也 |
※公開日は2026年8月時点で発表されている予定です。
学校生活と並走する日々はまだ続く
これだけ公開作が控えていても、原田琥之佑さんはまだ高校生の年代です。卒業までの1年半ほどは、学校と現場を行き来する生活が続いていくことになります。
学校名が明かされる日が来るかどうかは分かりませんし、そもそも明かされる必要もないでしょう。それよりも、教室で過ごした時間が次の役にどう滲み出てくるのか。そこを楽しみに待つほうが、この俳優の見方としてはずっと面白いはずですよ。
原田琥之佑の学校と経歴の総まとめ
- 原田琥之佑の読み方は「はらだこうのすけ」
- 2010年2月2日生まれで2026年8月時点では16歳
- 出身は東京都で所属事務所はトップコート
- 出身中学校の校名は公表されていない
- 在学中の高校名も非公表で、学年としては高校2年生の世代
- 身長は172cmとされるが成長期のため資料により差がある
- 小学6年生で受けたオーディションが俳優の出発点
- デビュー作は2022年公開の映画『サバカン SABAKAN』
- 同作でおおさかシネマフェスティバル2023新人男優賞を受賞
- デビュー後にあえて1年間活動を休止し自ら復帰を決めた
- 祖父は俳優の原田芳雄で2011年に71歳で逝去
- 父はギタリストの原田喧太、母はシンガーの原田由佳
- 義理の伯父に佐藤浩市、いとこに寛一郎、姉に御子柴彩里
- 『天狗の台所 Season2』『ムショラン三ツ星』などドラマ出演多数
- 2025年『海辺へ行く道』で約800人から選ばれ映画初主演
- 2026年8月『手塚治虫の戦争』で高良健吾とダブル主演
- 2026年は『白鳥とコウモリ』など公開作が続く


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